人気の「スペシャル・ツアー」は、何がスペシャルか

先日、朝日新聞が報じたところによれば、中部国際空港の『セントレアスペシャル見学ツアー』が、主催者も驚くほどの盛況だそうだ。専用バスに乗って、飛行機の滑走路の間近まで行ける、というのがウリだ。
参加するには、当日思い立ってというのは無理で、旅行会社を通じて申し込むのだが、次の条件の全てに同意しなければならない。
・事前に身分証明書を提示
・乗車前に手荷物の検査を受ける
・車内では飲食・喫煙禁止
・一部では、撮影禁止
・バスの窓を開けてはならない

普通のツアーでは考えられない厳しい「規制」である。

参加費のほうは安城市出発の場合で大人5980円。食事なし。正味の空港見学時間は1時間30分。中部地方の各都市出発のバスツアーで比べると、例えば、日本3大美祭「高山祭」見物の日帰り・弁当付き5500円〜。高遠の「彼岸桜の花見ツアー」がやはり日帰り弁当付き5980円〜。そう思うと、このスペシャルツアーは安いとはいいがたい。それでも、大人気なのだ。


上記の「同意書」の条文を見ていて、私は、韓国の『板門店ツアー』に参加したとき署名させられた「宣言書」を想起した。こちらは、

・訪問者の安全を保障することはできないし、敵の行う行動に対し、責任を負うことはできない。
・共産側支配下の地域及び建物には、いかなる理由があっても立ち入れない。
北朝鮮側にとって、国連軍に対する宣伝材料となりうるような身振り、表現等を謹む。
・火器、ナイフ等いかなる武器も、統合警備地区に持ち込んではならない。
等々。

どの条文も、行く場所の性質からして当然の条件だが、この「宣言書」を読み、サインし、提出することで、否応なく、自分は物見遊山とは全然異なるタイプのツアーに参加するんだな、と実感する。そして、板門店をはじめとする、これらのいわゆる「安保ツアー」も人気で、すっかり韓国旅行の目玉の一つになっている。その人気も、冒頭の空港スペシャルと、通じるところがあろう。

かつて、JTB日本交通公社と名乗っていた時代のキャッチコピーに、
「衣・食・住・旅」
というのがあった。かつてハレの文化だった「旅」が、日常茶飯事の一構成要素とみなされる時代が到来したことを象徴するコピー文句だった。こうして旅は徹底的に大衆化し、楽しく、気楽な側面だけが強調されるようになって久しいのだが、逆に、旅に伴う不便、緊張、そしてそれと裏腹の「非日常の魅力」のほうは薄れてしまったのだろう。
上記の新聞記事も、参加者募集の障壁となりそうな厳しい関門について、「このものものしさが逆に好評だった」と分析しているが、うなずける。ジェット機の滑走時のスピードや、その大きさ・迫力といった、このツアーの表面上のウリもさることながら、どうぞどうぞおいでくださいとお客様扱いされる並のツアーと違って、“本来入ってはいけないところだが約束を守るなら入らせてやろう”と言わんばかりの条件をクリアしてこそ進入できる、というハードルが、かえってアピール力を持ったに違いない。

スペシャル」ツアーの人気は、日本三景世界遺産を見たりすることがちっともスペシャルでなくなってしまった現代において、魅力ある旅行商品開発にとって古くて新しい「原点」を雄弁に示しているように思う。