JRという企業の体質

国鉄がJRに分割民営化されたのは1987年。22年前である。

阪神淡路大震災の95年当時、筆者は関西に住んでいたが、JRも、新幹線を含むあちこちの線区がずたずたになった。どこにどれ程の被害が出たのかまだよく分かっていない時、大阪駅
「○○行きの電車はどうなってますの?」と訊く利用客に、
「わからへん、そんなこと!」と、怒鳴り返している年配の駅員がいた。列車が軒並み運休になるいら立ちから、乗客にやつ当たりしているようにも聞こえた。
その怒鳴り声を横で聞いていて、JR化後8年経ってすっかりサービスがよくなったと巷間言われているけれど、それは順調にいっている時だけで、非常時になると、高飛車な国鉄気質が顔を出すのかも知れんな、などと思ったものだった。

十年以上前の出来事とて、すっかり忘れていたのだが、台風18号が東海地方を直撃した日に出かけた名古屋で、そのことを思い出しさせる駅員に会った。

場所は金山駅。時刻は19時台。
筆者は「快速みえ」という関西線の列車(名古屋→鳥羽)を利用して帰宅する。常用しているみえ号回数乗車券は名古屋市内発となっていて、金山も同市内だから、金山から乗車して名古屋でみえに乗り換えても、金山−名古屋間の運賃は追加しなくていい。しかし、この日は、前の晩から南紀志摩方面を台風が荒らしまくって、午前中「快速みえ」は運休していた。19時の時点で復旧しているかどうかを金山で確かめねばならない。名古屋まで行って、もし運休だったら、使用開始した回数券が無駄になるからだ。運休が続いていれば、名古屋へ名鉄で行き、近鉄に乗り換えることになる。
ところが、金山駅の駅員は、「快速みえのことは、ここでは分かりません。」と言ったきりで、調べようというそぶりのカケラもない。名古屋駅へ問い合わせてくれと頼めば、応じてくれたかもしれないが、急いでいたので、もういいや、と近鉄を使うことにした。
名古屋へ行ってみたら、やはり「快速みえ」は走っていなかった。結局、終日、十数往復すべてが運休したようだ。


で、やっぱりJRはこれだな、とあきれたのだ。なにも、こっちは静岡とか豊橋みたいな離れた所で名古屋の乗り換えについて訊いているのではない。中央線で一駅の所である。それも、(気象現象という不可抗力とはいえ)、朝から運休して利用者に不便をかけたのだし、かつ、並行する近鉄名古屋線が早くに特急を除いてダイヤどおり走るまでに復旧しているのに、いまだ復旧できないのも妙な話だが、それはまだいい。問題は、その情報を利用者に教えられないことだ。


筆者は、JRという会社が利用者本位の企業だとはどうしても思えない。表面的な愛想のよさをもって、民営化でいいふうに変わったなどとは、決して評価しない。
そこへもってきて、05年福知山線での惨事に関する調査データを、山崎正夫JR西日本社長が、自社に有利に歪曲するよう調査委員に依頼していた一件である。
事故の遺族の方々の目には、死者に鞭打つ体質の会社と映るのではないか。
筆者のケースは実にささいな不便で済んだが、一事が万事、国営体質が長年しみこんだ組織は、しみこんだものが、何かの拍子に外へじくじく流れ出すのだと、改めて確信させられた。


よって、日本最大の金融機関・郵便局も、分割民営化すれば、日本最大の鉄道会社と同じような道を辿るだろうと思う。愛想だけはいいが、利用者の不便は平気、というそんな機関に。もちろん国営の時にも問題はあったであろうが、過疎地を遠慮会釈なく切り捨てることはJRほど露骨ではなかった。
民主党郵政民営化見直しの方針とのことだが、これに関してはとりあえず支持したい。