サマルカンドの停電

サマルカンドで「ビビハニム・モスク」の威容を見物し始めた時は、もう夕刻で、だいぶ暗かった。しかしライトアップされているので、建築物として鑑賞する分には、夜でも苦にならない。いや、むしろ、イスラムに付き物の三日月が西の空に出ているこんなシチュエーションは、雰囲気的に真っ昼間よりモスク見物にふさわしい。
ただ、写真を撮るにはつらい。フラッシュを焚いても、どうにかこうにか2m位の距離で何が写っているかわかる程度だ。
三日月とミナレットを1つの構図に入れて撮ってみたり、壁の幾何学模様を細かく見つめていたら、もうあとちょっとで全部見終わる、という時に、辺りがいきなり真っ暗闇になった。
ライトアップも、ある時刻で打ち切るのか、けちー、と内心毒づいた。しかし見渡すと、街頭も、民家も、近くを走るハイウェイの灯も、あらゆる灯りが消えていた。

そうか、途上国によくある停電か、と気がついて、仕方ないのでポケットからLEDライトを出して、宿へ戻る道を歩き出した。
すると、モスクの前で若い女性が声をかけてきた。何を言っているかわからない。LEDを光を顔のほうへ向けると、まぶしい、やめて、というふうに顔をしかめた。
肩を並べてついてくるので、てっきりストリート・ガールだと思って、むこうの言うことに生返事をしていた。が、すぐ黙って歩くだけになった。「お兄さん、遊ばない」と言っていたのなら、私の無視同然の反応に対し、しつこく誘い続けるか、別の客を探すか、どちらかしかないはずだ。
やがて、全くの闇夜を何百メートルかいっしょに歩くうち、彼女は電灯を持っている人について行きたかったのだとわかった。

大通りが近づいて、車のヘッドライトで辺りが多少見えるようになった。薄明かりに照らされた、北へ行く道の分岐で、彼女は、指で自分の行く方を指して、挨拶もなく立ち去った。きっとこの国では「光を借りる」のはよくあることで、ありがとうと言うこともないのだろうと思うことにし、私はまっすぐ大通りへ出た。
依然、大通りの店舗の中はどこも真っ暗で、店員らはローソクで営業している。

三日月はもう西のかなたに去った。



▲日没前のビビハニム・モスク