慶州の流儀(?)

以前、韓国の慶州を旅行した時のこと。

慶州には大邱浦項行きの、夜のムグンファ号で着いた。途中で機関車が故障を起こして45分ほど遅延した。慶州の中央駅には行かない列車なので、小さい西慶州駅で途中下車し、バスで市街地へ。そんなこんなで晩飯が21時近い時間になってしまった。第一級の観光都市にしては意外や、この時間でももう閉まっている飲食店が多く、食事処を選択する余地はあまりなかった。手近な簡易食堂に入り、「もやしクッパ」を注文した。
クッパの脇に、お決まり通り、キムチと、アミ蝦の塩辛が並ぶ。クッパに初めから施されている味付けとしては、ダシと少な目の唐辛子だけだった。小皿のアミ蝦を全部(全部といっても、高々20グラムくらい)クッパの器に移した。混ぜようとしたとき、食堂の女主人が、つかつかと私のテーブルへ来た。彼女は、私が入れたアミ蝦をスプーンで外に取り出し、「入れ過ぎ」と私を叱りつけた。
そして、あっけにとられている私にかまわずスプーンでクッパをかき混ぜ、別のスプーンで、クッパの汁を一口すすった。すぐ取り出したとはいえ、アミ蝦からしみ出た塩分はすでにクッパに浸透していたと見え、女は「어,짜!(塩辛っ)」と言い、顔をしかめて、テーブルを去った。


ああ韓国だなと思った。
비빔밥(ビビンバ)については、よく聞く話がある。大和ことばに訳せば「混ぜ飯」となることからも解るように、全ての具とご飯を、匙でよく混ぜて食べるのを好しとされるビビンバだが、慣れない韓国旅行初心者が、混ぜることをせず、きれいに飾り付けられた具を崩さずに食べていると、横から、赤の他人の韓国人が「こうするんだ」と言って、勝手に、具が原型を留めぬまで、混ぜてしまうという話。
私自身はビビンバでそれをやられたことはないが、クッパでもそれに近いことが行われているとは知らなかった。

あの女主人は正しい食事作法を伝える文化大使のミッションでもおおせつかっているつもりなのだろうか。日本で、同様のことをやればまず、けんかになるだろう。
“自分が正しいと習った流儀以外で他人が韓国料理を食べることは、たとえ客であろうと許さない”  それが「韓流」ならそれもよかろう。
問題は、それなら、なぜ、全部入れると辛すぎるほどの量のアミ塩辛を供するか、だ。この疑問を解決する仮説としては、「料理を供する側が盛るアミ蝦の量は多すぎるものであり、客は、量を調整しなければならないと忖度すべし」というルールが在るという以外に思いつかない。

それはともかく、食堂側が客に、自分たちの流儀を押しつける風景は、さすがの韓国でもソウルあたりではもはや稀少になったであろうと推察する。ビビンバを混ぜずに食べても、見て見ぬふりをしてくれるほうが多いのではないか。
新羅時代の古代遺跡が至る所に残ることだけが売りの慶州だけに、韓国でもめったに見られなくなったタイプの韓国人が、現代も闊歩しているのかもしれない。あの女主人、「絶滅危惧種」として保護されている女だったりして。