チュニジアで起きた「ジャスミン革命」とカルタゴ

私はチュニジア人に一度だけ会ったことがある。
日本語教師の仕事をしていたころ、留学生にオムリさんという男性がいて、この人が首都チュニス出身だったと記憶する。私が勤めていた日本語学校ではアフリカからの留学生は彼1人だったこともあって、20年近く前のことだが印象が鮮明だ。彼は30代で、留学生の中では年上のほう。肌は浅黒いがアフリカ系(ネグロイド)ではなくモンゴロイド。温和で朗らかな性格で年下の学友からも親しまれていた。

今回亡命したバンアリ大統領が、クーデターで権力を握ったのが1987年。ちょうど私が日本語教師になったころだ。オムリさんは、クーデター後数年で日本へ来ていたことになるが、そのころのチュニジア独裁国家というイメージは(あくまでイメージだが)あまり無かったように思う。そしてあの当時から、干支でいうと2回めぐったわけだが、ずっと同じ人物が最高権力者の座にあって強権を振るっていたことに驚きを覚える。



ところで、チュニジアの歴史時代はカルタゴに始まる。同名の都市はチュニジアユネスコ世界文化遺産の1つに指定されていて、首都の12キロほど北東にある。古代にフェニキア人が造った。そしてフェニキア人といえばフェニキア文字が知られる。古代ギリシアに伝わってギリシア文字を生み、ここからいわゆるローマ字やキリル文字が派生した。アルファベットと聞いて我々が思い浮かべる文字の直接の祖先は、このフェニキア人の文字である。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A7%E3%83%8B%E3%82%AD%E3%82%A2%E6%96%87%E5%AD%97

フェニキア文字の流れを汲む文字を使う人の人口を総計したら、十億は軽く超えるだろう。
カルタゴはローマに滅亡させられたが、文字という人類最大の発明といっていい文化をドミノ的に多くの民族に伝えたわけだ。
それが、21世紀の今、同じ地で起きた革命が、同様に長期に独裁を続ける周辺国へ「腐敗独裁者を追い出せ」のドミノになって連鎖するかもしれないという。
今回起こり得るドミノは、カルタゴの時のと違って政治的なものだが、流血による革命でなかったのが幸いだ。
そのドミノが起こるかどうかも全く予断を許さないが、血なまぐさい事態にならないことを願う。