承前

チュニジアの政変は、エジプトに飛び火した。他の周辺国と違って、親欧親米の大国であり、飛び火は飛び火でも、最も影響の大きい伝わり方をしたものだ。
アメリカの反応という要素も含め、どうやら、ムバラクの退陣は時間の問題だろう。
そして、「あのエジプトでさえ、国民が(そして軍が暗に連帯し)独裁者を追い出したのに、我々が黙っていていいはずがあるものか」という気運は、北アフリカ中に伝わるだろう。
1960年は「アフリカの年」、すなわち、多くの国が宗主国から独立した年だが、半世紀が経って、2度目の「アフリカの年」の足音がそこまで忍び寄って来ているのかもしれない。前回は植民地の返上、今回は非民主主義の返上という形で。


それにしても、“長く独裁が続いた国家が、ネットで情報を交した市民が集結するのを妨害しきれず、倒された”という事態に最も戦々恐々として血眼で展開を注視しているのは、実は中国共産党だったりして。